たまっ子魔女 三上琴子のタロットと本の小さな魔法

タロットのカードと本のページをめくりながら、日々の小さな魔法を探す場所。静かに心をほどき、物語と占いの世界にひそやかに触れる時間をお届けします

霧の中の落語 カップの7と小三治

☆タイトル☆ 柳家小三治の落語

☆著者☆  柳家小三治

☆出版社☆  小学館文庫

☆発行日☆  2016年

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先日、山﨑豊子の『花のれん』を読んでから落語に興味を持った

今回

柳家小三治の落語4』を手に取ってみた

冒頭に「映像で残すのと、文字で残すのは違う」と書かれている

 

たとえば登場人物に「サダキチ」がいたとして

それが「定吉」なのか「貞吉」なのか

漢字ひとつで、受け取る印象が微妙に変わってくると‥‥

なるほど、それは確かにそうだなと思った

 


話し言葉を文字にするということは、

ただ書き写すことではなく、表現を変えるということ

 


落語はナマモノだ

話して、その一瞬で笑わせる

それを文章にするのは、デッサン以上に大変な作業だろう


曖昧で、手に取ることはできない

混沌としている

タロットで言えば、カップの7

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カップの7は、霧の中に浮かぶ複数のカップを表す

どれが本物でどれが幻なのか判別できない

実体のないものの象徴だ

 

映像を

文字にするという試みの本だと思った

 

この本には「提灯屋」「錦の袈裟」「猫の皿」など、いくつかの演目が収められている

演目のあとには解説も載っていて

読後に

「あ、こういう意味なのかな?」

と、わかったような気になる

 


(けれど、実際の落語の楽しみは文体や語りを通して味わうものなので、

その面白さはきっと半減しているのだろう。)

 


言葉の「間」はわからない

高低や抑揚もわからない


落語についてもっと知りたいと思わせる

門を開いてくれる本だった


今度はDVDやラジオ

あるいは直接、寄席に行ってみようと思った

 

また楽しみが一つ増えた

読書はこれだからやめられない

死神様はおくりびと

☆タイトル☆ おくりびと

☆著者☆  百瀬しのぶ

☆出版社☆  小学館文庫

☆発行日☆  2008年

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主人公の大悟は、オーケストラのチェロ奏者だった

しかし楽団の解散により職を失い

地元へ戻る

そして彼が選んだ新しい仕事は、納棺師だった

 


読みやすい本

二時間もあれば読み終えてしまう

けれども読み終えたあと

「生」と「死」については、何時間も考えさせられた

 


この物語は、真逆のものを巧みに並べている

 

都会から田舎へ

チェロ奏者からへの転身

このテーマを色よく際立たせるためなんだろうな?と思った

 

 

田舎じゃないと対比できない場面が

いくつかある

例えは
白鳥

傷ついた仲間がいれば、群れは旅立たない。そこには、静かな家族愛が描かれている

 


彼らは故郷の川へ戻り、産卵し、命をつなぎ、そして死ぬ

死が、次の生命へと受け渡されていく姿を描く

 


産みたての卵をフライパンで焼き、食べる場面

生命を、そのまま自分の中へ受け取る瞬間でもある

 


死を扱う納棺師という仕事と

こうした大悟が体験した田舎で見られるような生命の営みが配置されることで

互いを照らし合い

死を取り扱う職種が聖職に見える

 

 


この物語をタロットで解釈するなら

死神の逆位置

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このカードは

終わりや変化、そして変容を意味する

 

一方、逆位置は、変化への抵抗

再生を意味している

 

死から 「生まれ変わる」

太古から

歩む 輪廻のような繰り返し

 

 


妻の美香は 大悟の仕事を卑しいものだと思い、実家に帰ってしまった

 

 

わたしは思わず「なぜ?」と

 


だが、考えてみれば当然なのかもしれない

わたしは

主人公と共に物語を読み進め、納棺師の仕事を尊いものとして受け取るようになった

 

この本を読んでいなかったら

わたしは

彼女と同じように

「仕事をやめてほしい」と言っだかも?しれない

読後すぐに答えが出るような

本ではなさそう

 

スラスラ読めるが

ずっしりと感じる本だった

 

 

 

 

 

50代から上手に生きる人、ムダに生きる人をタロットにしたら?はてさて?

☆タイトル☆ 徒然草に学ぶ後悔しない人生

       50代から上手に生きる人

       ムダに生きる人

☆著者☆  清水義範

☆出版社☆  知的生きかた文庫

☆発行日☆  2013年

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この本は、徒然草を通して

現代に生きる50代に向けて書かれた一冊である


よく「〇〇代までにしておきたいこと」

「〇〇世代が後悔しない生き方」といった本があるが、

そうした本は読んでも、言葉が心を素通りしてしまうことが多い

だが、この本は違った

 


冒頭で思わずクスッとしたのは、

「お叱りエッセイとは結局のところ、

〈間違いに気づいている私を見習え〉

と言っているにすぎず、つまりは自慢である」

と、はっきり言い切ってしまうところだ

 

そして、その元祖が徒然草である

という指摘


本書は、徒然草

書かれていることをそのまま受け取るのではなく、

むしろその「逆」を読み取り

〈本当は何を伝えたかったのか〉を考え直していく。

そこに作者自身の考えや思い出が重ねられることで

実感を伴って伝わってくる

とてもわかりやすいと感じた


また、この作者の表現には歯切れがある

言い切るところは言い切る

兼好とは意見がここは違うという

そこがまた、面白い

徒然草に学ぶと、とりあえずタイトルにもあるのに ヤンチャさがあっていい


この本をタロットに例えると、ソードの7

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ソードの7は、正面からぶつからず

少し角度を変えて本質を持ち去るカード

書かれている言葉を鵜呑みにせず、

行間や裏側を読む知性を表している

 


そして「盗む」

ここでいう盗みは、ずるさではない。

必要なものだけを見極め、

自分のものとして持ち帰る――

つまり、知恵を盗むという意味を含んでいる。

 

全く 面白い本だった

 

円紫さんに惚れた夜 タロットで読み解く「夜の蝉」

☆タイトル☆ 夜の蝉

☆著者☆  北村薫

☆出版社☆  創元推理文庫

☆発行日☆  1996年

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この本は三つの短編から成る小説である

主人公の「わたし」は大学生で、短歌や和歌

漢文にも通じている

専攻については詳しく書かれていないが、その知識や感性から、国文科なのではないかと思われる

 


物語には主人公「わたし」の

地元の名物菓子「初雁焼」が登場する

それを読んだ時

思わず

「え?川越銘菓やんけー」と心の中で叫んだ

そして

主人公の「わたし」と

読んでいた電車内でガッチリ握手

おおー!「わたしちゃん!」埼玉県民でっか??

うちも!うちもー!

みたいな‥‥

 

そして最後の「夜の蝉」では、春桜亭円紫が大宮の寿司屋で落語会を開く場面がある

 

もしそれが実在するとしたら

いったいどこの寿司屋なのだろうかと、頭の中で大宮の地図を巡らせていた。

 

読後 作者の経歴を見て、なるほど埼玉出身なのだと納得

身近な土地の空気や距離感がわかって

作者にも親しみを感じた

こちらは電車内でガッチリ握手して、さらに

見えない作者に二度お辞儀をした

 


この小説は、和歌や落語が学べると同時に

推理を働かせる本でもある

 

「わたし」に起こった出来事を

後から円紫さんに こんな不思議なことが実はありましてー‥みたいに「わたし」が話す

 

円紫師匠は頭の中でそれを静かに整理し、解決していく

現場にはいないのに

語られた言葉の端々から真相を導き出す様子は 

まるでポアロのようだ

 


私は円紫さんに惚れちまった

身近にいたらキュンキュン?(死語?)

する

こういう、知的で優しい語り口の人が好きだ

本から抜け出して来てくれたら彼女にしてもらいたい笑

(けどかれは、妻子持ちらしい。「わたし」が円紫師匠の家の固定電話に連絡したら 子供が応対をしたので‥‥

円紫師匠が、離婚してバツイチシンパパなら、わたしは彼女候補に名乗りをあるつもりだ笑)

‥‥話が妄想しすぎて脱線したが‥‥

 

さてさて

この本を

タロットで例えるなら、女教皇

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教皇とは

静かで内向的、知性に満ち、沈黙の中に真理を宿す

彼女は目に見える行動より、言葉の裏に潜む真実を読み解く力を持つ

本全体から、そして円紫師匠の性格から

教皇がピッタリ当てはまる作品だ

 

描かれる言葉や心理から、知的な世界が漂ってくる本だ、

 


読んでいる時

私は自分の無知を恥ずかしく思い

もっと見識を持ちたい

和歌や寄席についてもっと学びたいと強く思った。

出会えてよかったと思える本だった

剣を抱えたまま生きる タロットで読む閉鎖病棟

☆タイトル☆ 閉鎖病棟

☆著者☆   帚木蓬生

☆出版社☆  新潮文庫

☆発行日☆  1997年

 

 

 

この本の最大の特徴は、主人公が誰なのかわからないことにある読み始めたとき、私は短編集だと思った

数ページごとに語り手が変わり、背景も変わる

それぞれが独立した物語のように見えたからだ

 


けれども読み進めるうちに、

バラバラに配置されていた物語が、いつしか一つに束ねられていく

それらはすべて、「閉鎖病棟」という単語で繋がっていた

 



建物全体の輪郭が見えてきても

やはり「この人が主人公だ」と

わたしには読むことができなかった

 

中心人物は、わかる

 

けれども

皆が皆、主張をしている

誰もが主役であり、同時に誰もが脇役

 

読み進めるのに

本体がなく ブレるというのかな?

うまく言えないが

小説に

没頭できずにいた

内容を頭で理解はしたつもりでも

行を何度か往復しない読みこなせない

 

変なシコリが行間ある

この文を素通りしたら 後から後悔するぞ!

みたいな 

警笛を鳴らす本

そして

噛み砕くのに脳細胞を使う本だった

 

 

登場人物の
それぞれの痛みは重い

 

この本タロットにすると

ソードの3(逆位置)

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ソードの3は、心臓に三本の剣が突き刺さった図像を持つカードだ。

深い悲しみ、喪失、心の傷を象徴する。

 


その逆位置は、回復の始まりを意味する。

完全に癒えたわけではない。

剣はまだ刺さったままかもしれない。

 


それでも、人は痛みから目をそらさず、

それと共に生きようとし始める。

 


閉鎖病棟』は、「生きること」を描いた小説というより、

「死を思うこと」を通して、生を問い直す本だと感じた。

 


どうすれば、最後に後悔せずにいられるのか

その問いが、作品全体を静かに流れていたように思う

 

何か心に

触れてはいけないものに

触れてしまったように感じた本だった

えぇー?この手使っていいの? タロットで読む「精神鑑定の女」

☆タイトル☆ 精神鑑定の女

☆著者☆   和久峻三

☆出版社☆  徳間文庫

☆発行日☆  1996年

 

 

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主人公・珠代が昼寝をしている間に、愛娘がベランダから転落死した
隣人は言い張る。「突き落としたのは珠代だ」と
しかし、珠代にそんな記憶はない


珠代なのか?妹なのか?同居人の女性なのか?それとも別居中の旦那が犯人なのか?
精神鑑定という重要なテーマを軸に

法廷で事件の真相が明かされていく——。

 

この本をタロットにすると

ペンタクルの7逆位置

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このカードの正位置は

努力の成果を待つ忍耐、種を蒔いて収穫の時を待つ姿勢を表す

地道な努力がいつか報われると信じて

じっと成長を見守るカードだ

 


しかし逆位置になると

その意味は一変する

待っても報われない徒労感

投資したのに見返りがない焦り。努力が実を結ばない失望。

 
娘を誰が突き落としたのか?
私はワクワクしながら推理を重ね、ページをめくり続けた
そして犯人がわかった時、私は思わず叫んだ。
「そりゃないよー!納得いかん!」


だが、「精神鑑定の女」というタイトルが

そもそも、謎を解く鍵だったにちがいない

 

通常の精神ではないということを

暗示していた

それがキーワードだったんだと

 

法廷のやり取りは面白く読めたが

犯人探しをしながら読んでいた私は

報われなかったなと少々ガッカリした本だった

 

山﨑豊子「花のれん」 ペンタクルの女王が通天閣に登る

☆タイトル☆ 花のれん

☆著者☆   山﨑豊子

☆出版社☆  新潮文庫

☆発行日☆  1961

 

 

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船場の商家に嫁いだ多加が、夫と寄席を買い取り、女興行主として成功していくサクセスストーリー
多加という女性をタロットカードで例えるならペンタクルの女王

 

タロットカードにおいて物質的な豊かさと実務的な成功を象徴するカードである

ペンタクル(金貨)は、お金、仕事、物質的な安定を表し、女王はそれらを賢く管理する人物を意味する

まさに多加の為のカードだ

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彼女は 華やかな「女帝」ではない

もっと庶民的で、現実的。でもちゃんとお金を稼ぎ、商売を成功させる

力強いけれど、人情味がある


彼女の策略は巧妙だ

銭湯で小金貸しのおばさんと「偶然」知り合い、背中を流してあげて

親密になってからお金を借りる

関東大震災の時にはわざわざ東京まで行って

落語の師匠を見舞い

心を掴んで大阪に来てもらう。

 

打算的だけれど、人を蹴落とさない

人との縁を大切にしながら、自分の道を切り開いていく。


作中には大阪弁のやり取りが散りばめられていて、読んでいると大阪に行きたくなる

寄席の賑わい、商人たちの駆け引き、人情の温かさ。その空気感が、言葉から立ち上ってくる


調べたら

この物語のモデルは

吉本興業の創業者・吉本せい

実在の女性が、大阪の寄席の世界で、こうして登り詰めていったのかと胸が熱くなった


通天閣は初代が戦時中に取り壊され

戦後の1956年に再建されたことを、恥ずかしながら今回初めて知った

多加の物語も、通天閣も、

どちらも焼け跡から立ち上がった戦後大阪の復興と再生の象徴


初代通天閣が取り壊される時、彼女は毎朝起きると通天閣を見に行ったそうだ。

埼玉県民の私から見ても、通天閣は「大阪らしい」

わたしは

その周辺の賑わいが好きだ

だから、自分の通天閣が解体されるのを毎日見に行った彼女の姿に、心を打たれた。

きっと息子を戦地に送った時と同じような

痛み感じたに違いない


多加が目指した頂は

きっと通天閣のような場所だったのではないか。

庶民の街に聳え立つ、大阪のシンボル。力強い塔。天に通じる高み


わたしは彼女に憧れる

何ができるわけでもなく、大それた野望もなく、一介の会社員にすぎないが、

わたしも彼女の人情味ある策略と

人を動かす力を持ちたいなと思った。

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